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長野県飯田市下伊那郡・伊那市の木造注文住宅・和風建築・WB工法の井坪工務店

住宅・家づくりのスタッフブログ「みんなのひとり言」

60年以上の時を超えて

営業部 のひとり言/2011.12. 9 2011:12:09:12:58:21

こんにちは!お久しぶりです。今日飯田では、初雪が降りました(^-^)。
降ったというよりは舞った程度で午後には晴れ間も見えてきました。

まだ、スタッドレスタイヤに変わっていないので、早く交換しないといけないな~、
と焦っている所です。今日あたりはガソリンスタンドや車屋さんは大忙しではないでしょうか。

さっそく話はかわりますが、先日両親が家の片付けをしている際、
面白いものが出てきたよ~と言って一枚の古いハガキを見せてくれました。

手紙を読んでみると、宛先は『下伊那郡 竜丘村』となっています。
竜丘というのは、現在私が住んでいる飯田市内にある地域名なのですが、
昭和31年に飯田市と合併する前の地域の名前です。
宛名は私の曽祖父宛てになっている手紙でした。

手紙の出し主は誰なのかというと『代田 稔』と書かれていました。
ちなみにこの方は誰なのかというと
この写真の方です。
img_05.jpg


皆さんこの方は誰だか分りますか?

皆さん『ヤクルト』は一度は飲んだ事はあるかと思います。
(飲んでない方がいらっしゃったらスミマセン^_^;)
item_1.jpg
そのヤクルトの元のラクトバチルス・カゼイ・シロタ株を発見したヤクルト
創業者の方から頂いたハガキです。
話を聞いてみると、私の家の近所に代田さんの生家が近かったらしく、
いろいろ付き合いがあったそうです。

ハガキの内容を読んでみると、今の文章と違い、漢字が沢山書いてあって読むのも大変でしたが、
『戦争中、徴兵されましたが体調が思わしくなく京都帝国大学の研究室に戻ってきました』
という様な内容でした。
戦争中という言葉がとても時代の流れを感じる内容でしたが、その当時の
切手代が2銭!!という事にも驚きでした。
戦争中にきたハガキということは少なくとも66年も前に出された手紙が
まだ残っている事は、とても感慨深い事だと思いました(*^_^*)
現在はメールげ主流になってしまっていますが、ハガキの様に
長い間残っていくものでは無いような気がしました。

大事な気持ちを伝えるにはメールではなく手紙というのもいいですね~( ..)φカキカキ
皆さんもたまには手紙を書いてみてはいかがでしょうか?

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