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創業者の想い

創業者である故井坪務は、戦後、折からの住宅ブームの波に乗り伊那谷を中心の数多くの現場を経験しました。 当時、飯田、上下伊那地域には優れた技術を持つ大工が多く、各人が一人親方として仕事に自信と誇りを持っていました。 そうした棟梁たちの背中を見ながら、務も技を身に付け研鑽し、家づくりの技術やノウハウを磨いていったと言います。
昭和40年、本格的に大工としてやっていこうと決意し、一人親方として独立。住宅の需要は依然として高く、 また職人としての腕も上がり、次々と仕事が舞い込んでは、現場から現場へと飛び歩く忙しい日が続きました。
昭和44年、木造住宅の職人集団・井坪工務店を設立。設立当初18人の職人たちは会社組織として精力的に仕事をこなしていきました。 しかし第一次オイルショックの頃、多くの職人達が会社を離れた時期がありました。 その時、会社にとどまった信頼出来る5人の棟梁達を集めて、「五人衆」と呼ばれる結束の固い職人集団を組織。 全員が卓越した技術をもつ彼らは施主の要望にこたえる家を作り続けました。 この五人衆はいまも現役の棟梁として仕事をしながら、後進の指導に当たっています。
大工としての自身の経験と五人衆を組織した当時の経験を元に、務が考えだした会社経営の理念は、 職人としての技と心を継承していくために、「人を育てる」という事でした。 「企業は人なり」、人を育てることこそ会社発展の基礎であり、企業の安定は雇用の創出、ひいては地域への社会貢献に通じます。
と同時に、住まいづくりを通して地域に脈々と受け継がれてきた伝統的な職人の技を継承することも、 在来工法で木造住宅を供給している同社の使命であると考えたのです。

井坪工務店の人材の育て方は独特です。特に厳しいのが挨拶と礼儀です。 ときに他人はそれを時代錯誤と嘲笑するかもしれません。しかし務はこう言いました。 「きちんとした挨拶のできない人間、基本的な礼儀がなってない人間に、お施主様の想いや夢をかなえる心の通った家を建てられるはずが無い」と。
挨拶や礼儀は人間関係を円滑にするコミュニケーションの基本。施主と心を通わせ、相手の気持ちを理解できなければ、 その人の想いを形にすることなど到底できません。だから私たちは礼儀を大切にします。実際、井坪工務店の社員を知る人は皆、 「想像以上の気配りと礼儀正しさがある」と口を揃えてくださいます。
職人が己の技を磨き伝える事だけに専念する時代は終わりました。技術の継承は社会が求めて初めて可能になるもの。 ニーズのない技は、いずれ廃れてしまうでしょう。「職人の技と心を伝える」事は、同時に、技を生かすための社会のニーズを広げる事でもあります。
「技と心を伝えるための人づくり」は、いい物をつくれば社会が求め、社会が求めれば技術は継承される――そういった連環にこそ存在し、 希求してやまなかった井坪務の想いは、今も私たちの心の中に生き続けるているのです。